位相空間の公理に開集合系を用いる理由

結構前に後輩から「開集合の定義がよく分からない」と言われた.よく聞いてみると,どういうモチベで開集合系を使っているのか,幾何的なイメージがあるのかと言ったことが腑に落ちていないようだった.確かに言われてみると,よく分からない定義に見える.使っているうちに当たり前のようになっていたが,位相の公理に開集合系を用いる理由はと言われると即答することができない.収束性や連続性を言い表すのには近傍系の言葉を使うのが直観的であり,歴史的にも近傍系を用いた位相の公理の方が古いようである.にもかかわらず,開集合系を用いるのはなぜなのか?

色々調べてみると,斎藤毅『集合と位相』(以下,たけしくん)に,このことについて書かれていたのでまとめる.

たけしくんの前書きには

位相空間は,空間とは何かという問いに対する解答の1つである.

とあり,幾何学解析学位相空間が用いられる例として次の二つを挙げている.

  • 幾何学の舞台である多様体は,各点の周りで座標が定義された位相空間である.
  • 無限次元のさまざまな関数空間は,その空間の位相を考えることで初めて扱えるようになる.

たけしくんで位相が登場するのは3章からで,ここでは n 次元ユークリッド空間の位相が扱われている.一般の位相空間が扱われるのは4章からである.位相の公理に開集合系を用いる理由も4章に「よりみち62」として書かれている.これをまとめる前に,ユークリッド空間の開集合の性質を見ておく.ユークリッド空間の開集合は次の性質を持つ.

  • 有限個の開集合の共通部分は開集合であり,一般に無限個の開集合の合併も開集合である.
  • 数列(点列)の収束を記述できる.
  • 連続写像の定義を特徴づけられる.

これは,一般の集合 X にも開集合系を設定することで,収束性や連続性といった幾何的な性質を扱うことができることを示唆している.最初の性質は,図形の共通部分の図形や,複数の図形を合体させた図形を考察の対象にすることを意味しているといえる.

これを踏まえて4章の内容をまとめよう.「よりみち62」では,上記の3つの性質に加え,

  • 局所的な考察
  • 層の定義

に適していることが,とくに開集合系の公理を用いることの動機として述べてある.つまり位相の定義を開集合系の言葉で行うのは「遠近の概念や収束性の開集合による定義が直観的な定式化だから」というよりも「開集合は,幾何的な性質を記述することができるという前提を満たし,そのうえ技術的に便利だから」ということになる.

開集合系による位相の公理は一見分かりづらいものであるが,それを上回る便利さから公理として採用される.ここでは書いていないが,被覆の記述も開集合で行えることもあるかもしれない(層の定義に便利というのに含まれる?).これはグロタンディーク位相の定義にも現れる,位相概念を特徴づけるものだと言えるので,開集合系による定義は重要であろう.以上の3つの性質や2つの利点を念頭におくと,開集合系による位相の定義も幾分飲み込みやすくなるかもしれない.